家業を手伝った子ども時代を活かしパン屋として歩んだ20年 ~旧来の固定概念をくつがえし、働きやすい職場をめざす|田宮友美(株式会社イチカワ 取締役社長)~
ブーランジェリーエミュウ(以下、エミュウ)は「多くのお客様に自慢のパンを食べていただきたい」という願いとともに1981年に創業したリテールベーカリーです。創業者は、清瀬出身の現会長・市川成一。安心・安全な商品を提供し続けることを使命とし、お客様に喜んでいただけるパン作りをモットーに営業してきました。
現在社長を務めるのは、会長の娘である田宮友美。子育てをしながら家業に従事し20年、4年前社長に就任しました。
催事参加を積極的に行い、2017年には埼玉県・所沢市にある西武所沢S.Cに出店、2025年11月にはJR南与野駅西口にある商業施設「Kaya-Machi(かやまち)」にも出店。
株式会社イチカワの社長としてパン屋にかける思いをお伝えします。

しぶしぶ家業に入るも「なんでもやるスタンス」で事務仕事からパン作り、お菓子作りにも挑戦!
――幼少期から、パン屋として働く父の背中を見て育った
うちの家族って身内に厳しいんです。「働かざる者食うべからず」と言われ、私は中学時代から家業を手伝っていました。当時、私の部屋は工場の上にあり、夏休みは食パンを切ったり、袋詰めをやってから部活に行きました。上手くできないと叱られることも……。それでも、私が幼稚園年長の時に父親がパン屋を始めて以来、夜中から働いている姿を目の当たりにしていたこともあり、しぶしぶ手伝っていました。
そんな子ども時代を送った私には、エミュウを継ぐ気はまったくありませんでした。世界史や考古学が好きで、若い頃は世界ふしぎ発見のミステリーハンターに憧れていました。あんなに大きいものを人力で作るなんてスゴイ!と、ピラミッド探索をしたかったんです。でも、親からはその道に進むことを反対され、短大卒業後はインフラ業界の企業に就職し事務員として働きました。
その後は、結婚・出産を機に退職。第一子が1歳半の時、パートタイマーとして働こうと職を探し、まったく別の仕事で復帰することになりました。ところが、パート先に初出社する3日前、母(当時:専務)から電話が掛かってきて、「事務員がいないから手伝ってほしい」と。母からの頼みを無下に断ることができず、結局、エミュウで働くことに……。当時、エミュウは清瀬店と鶴ヶ島店、小平店(*1)、東大和店(*2)、移動販売車7台、卸売り20軒を抱えており、キャパシティはパンパン。人手を必要としていました。
*1、*2:東大和店と小平店は現在、のれん分け独立店

――「なんでもやる」ことで見えてきた現場と経営
エミュウに入ってからの私は、なんでもやるスタンスでした。事務仕事から、パンやお菓子作り、接客と、一通りやりました。一つだけ、とても辛かったのが、エミュウの特徴でもある移動販売です。当時、マイクを使ってアナウンスするのがイヤでたまらなかったんです。でも、移動販売の面白みはドライバーの勘が頼りということ。自分で売れそうな場所を探して、パンを売る。思い通りに売れるようになると移動販売も楽しくなりました。
とはいえ、そもそもパン屋で働くつもりも、継ぐつもりもなかったわけで、しぶしぶ働き始めた家業です。これまで紆余曲折しながら何度も「辞めたい」と思い、どうにかこうにか続けていたらこうなった、という感じです。両親と意見が合わず、ぶつかったことも数えきれません。
緑のショッピングバッグで会場をジャック! 催事がきっかけで生まれたヒット商品も
――現在、エミュウは商業施設やパンイベントなどでの催事出店でも積極展開
催事出店を始めたのは10年ほど前です。催事って宣伝の場だと思うんです。もちろん、宣伝だけでなく売り上げにもなるから一石二鳥ですよね。始めた当初は、会長から「催事出店する意味はあるのか?やってみたいだけなんじゃないか?」などと言われ、かなり反対されましたが、だからこそ、なおのこと燃えて「絶対成功させてやる!」と意気込んでいました。そこで、所沢周辺の催事イベントのみならず、集客力のある都内の有名なパンイベントやグルメフェスなどへの出店にもトライしました。
催事に出店するにあたっては、販促の工夫を行いました。
現在店舗でも使用している緑色のショッピングバッグ。パステルグリーン地にエミュウのロゴを冠した、大きめ横長サイズのバッグです。1個でもお客様がパンを購入してくださった際は、必ずそのショッピングバッグに入れていました。他店の商品をお持ちの際も、まとめて入れて差し上げる。そうすると、会場内にだんだんエミュウの緑色の袋が増えて目立つようになるんです。

――催事がきっかけで生まれたヒット商品たち
店舗でも人気の『牛すじカレーパン』は、イベント時に一時間半で800個完売したことがあります。具材にこだわり、牛すじ煮込みがゴロリと入った、食べ応えのあるカレーパンです。2020年には「カレーパングランプリ・東日本揚げカレーパン部門」で金賞を獲得しています。
また、催事をきっかけに開発した『狭山茶の大納言ラウンド』は、当社がある所沢市のご当地食材である「狭山茶」を使用した商品。初めて販売した催事会場では即完売し、お客様に「もっとないの?」とお声がけいただいたほどです。当社のイチオシ商品を作るべく、構想から試作・完成までスタッフや工場長と取り組み、何度も試行錯誤した末に完成した商品だっただけに、お客様からの好評価は大変うれしいものでした。この商品は2025年に「ジャパン・フード・セレクション」にノミネートされ最高賞を受賞しています。まさに“出世頭”とも言うべき商品なんです。
催事出店は大変ですが、やってみなければ得られない、いろいろな収穫があったと思います。自分の店が完売した後も、まだ商品が残っている出店者さんがいたら、ノリで「手伝いますよ!」なんて言って接客したこともあります。そんなきっかけから繋がりを作り、さらに各方面から催事出店のお誘いをいただくようになりました。
とは言え、思うような売り上げが立たず、泣きながら帰ったことも……。そういった経験も含め、催事は勉強の場だと思っています。


目指すのはパン屋を「ふつうの会社」にすること
――社長になったきっかけ
もうすぐ71歳になる父は、以前「65歳になったら辞める。次の社長は誰がやってもいい」なんて言っていたんですが、最終的には私に「いや、もうお前しかいないだろう」と継がせようとしました。
そもそも、私は社長を本当にやりたくなかったんです。だって私のさじ加減一つが従業員100人(正社員・パート)の生活に影響するわけじゃないですか。何年も悩みに悩んで、商工会議所の方にも「私、社長は本当にやりたくないんですよね。責任を負えない」って相談をしていたのですが、「そう思っていれば大丈夫です。きっとやれますよ」と背中を押され、継ぐ覚悟を決めました。
――社長就任後、注力していること
パン屋って上辺だけだと“ステキなイメージ”を持たれがちなのですが、実際は朝早くから長時間労働で、現場仕事がキツイ職業です。そのため、従業員やこれから働いてくれる方のために、この現状を打破し「ふつうの会社」に近付けていくことに注力しています。
例えば、出来上がったパンを瞬間冷凍する機械の導入。焼いたパンを冷凍保存できることで作業効率が上がり、勤務時間の短縮が図れます。もちろん、質を落とさず機械化できることは必須です。その点、昨今の冷凍技術には目を見張るものがあり「出来立てが美味しい」という旧来の固定概念を覆すと言っても過言ではありません。
また、一店舗でパン作りに関する全ての作業を行うスタイルではなく、セントラルキッチン化も検討中。勤務時間の短縮やコスト削減に繋げていきたいと思っています。
エミュウを永続的に経営するために「ふつうの会社」を目指すことは、様々な面でメリットがあると考えています。

買う人がいるから作れる、美味しいと言ってもらえることのありがたさ
――新商品はどのように生まれるか
社内会議で案を持ち寄ってもらって決めることもありますが、各店舗で自主的に新商品を開発し販売していることも多々あります。
エミュウは認知度も上がり、コンスタントにお客様が来てくれるお店になってきていると思いますが、そこに胡坐をかかず、一つ一つのパンについて、例えば、「春だから桜をモチーフにする」とか、「ピクニックにおすすめ」など、きちんとテーマを持って取り組めるのが理想ですね。決して「売れて当たり前」じゃありませんから。買う人がいるから作れるんです。エミュウのスタッフにも、それがどれだけ「ありがたい」ことかということをもっと伝えていきたいと思っています。
――地域に開かれたパン屋として
お客様の中には、朝「行ってきます」と声をかけてくれる方もいらっしゃいます。柳瀬川の散歩ルートが近いため、散歩の途中にコーヒーを飲んで行かれる方も。テラス席でワンちゃんを連れて談笑する方々もいらっしゃり、コミュニティの拠点になっていることを感じます。
また、毎月第四日曜日には駐車場を利用して「よってけ市」を開催。周辺で採れた野菜や、手作り雑貨、また焼きそばややきとりなども販売しています。もともと、この場所を知って欲しくて始めた催しなんです。

エミュウに足を運んでくれる人、パンを食べておいしいと言ってくれる人、その存在はとても「ありがたい」ものです。食べてくれる人がいるからこそ作らせてもらえる。エミュウはこれからもその思いを胸に、皆様にパンをお届けしていきます。

【PROFILE】
株式会社イチカワ
取締役社長
田宮 友美
20代から家業に入り、社内のあらゆる業務に携わり20年以上の現場経験を経て現職に就任。
エミュウで好きなパンは、噛むと甘みが感じられる「ライ麦パン」。
趣味は釣り。定期的に船に乗り、1メートル越えのヒラメやイサキも釣り上げる。

